テント村2

テント村のことを地元の河北新報が記事にしていたのでご紹介!
さようなら「テント村」 最後の2世帯退所 宮城・山元
東日本大震災の被災者がテント暮らしを続けてきた宮城県山元町の通称「テント村」で7日、最後の2世帯が仮設住宅に移った。
避難所での集団生活になじめず、厳しい環境をあえて選んだ被災者たち。濃密なコミュニティーも形成されたが、最後の「村民」は名残惜しそうにテント村を後にした。
テント村は町中央公民館の敷地内にあり、最大で33世帯、約40人が避難生活を送っていた。
 
「夫婦で心臓病を患い、発作が起きたら他の人に迷惑が掛かる」
テント生活第1号で、最後まで残った島田君男さん(64)とスミ子さん(64)夫婦は振り返る。町沿岸部の自宅は津波で浸水。震災から約1カ月は車中泊を続け、4月上旬にテントに入った。
 「村長」と慕われた古山賢太郎さん(44)も最後まで残った。町内のスーパーに勤め、帰りは深夜。
「避難所は夜9時消灯。着替えの音やいびきで周囲に迷惑を掛ける」
4月中旬、車中生活からテント村に移った。
最大の敵は厳しい自然だった。強風が吹けばテントがつぶれ、大雨が降れば「床下浸水」に。虫やカビにも悩まされた。
それでも助け合って土のうを積んだり、排水路を造ったりして苦境を乗り越えた。洗濯機の利用やトイレ掃除などは、古山さんが作った当番表に従った。
震災前は見知らぬ他人だったテント村の住民たちは、共同作業を通じて信頼関係を築き、最後は「家族同然」(スミ子さん)にまでなった。
テント暮らしは最長4カ月に及んだ。「何となく愛着がある」と君男さん。スミ子さんも「寂しい気がする」とうなずく。古山さんは「他人を気遣える人たちが集まり、和気あいあいと過ごせた」と満足そうに話した。

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