伝えたいこと~from宮崎~

皆様いつもご支援ありがとうございます。
各地でゲリラ豪雨すごいですね。韓国の被害の様子を見て
まるで津波の被害を受けたような光景にビックリしています。
 の力は大変強力です。
皆様お気を付けください。
さてさて、4月1日~第1班を山元町へ派遣し、その後現在も継続して支援してくださっております宮崎県さんの話題です。
まずは第15班さんと第16班さんが支援活動を終え宮崎県へ帰られました。
その集合写真を。

(↑第15班の皆さん)

(↑第16班の皆さん)
宮崎県さん本当にありがとうございます。ほんとう、あたたかいです。
この災害支援で来てくださっていた宮崎県職員第13班の池袋さんと児嶋さんから派遣活動の感想をいただいておりますのでご紹介いたします。

【宮崎県職員派遣録】
はじめまして。池袋です。 といっても宮崎県職員です。
本題(があるかどうかはわかりませんが)に入る前に少し。感謝の言葉を。
 昨年、宮崎県は口蹄疫や鳥インフルエンザ、新燃岳の噴火など様々な災害にみまわれました。口蹄疫や鳥インフルエンザの際には、私も家畜の殺処分や埋却に参加しましたが、拡大する被害を食い止められない悔しさ、家畜を処分せざるを得ない悔しさ、切なさ、今後宮崎県はどうなってしまうのだろうという焦燥感の中で作業に従事したことを覚えています。
 そんな中、東北地方を含む全国から寄せられた温かい言葉や支援には本当に勇気づけられました。宮崎県のことを応援してくださる方々に支えられ災害を乗り越えることができたと思っていますし、これからの再生への道を進むことができると感じています。
本当にありがとうございます。これからも頑張る宮崎県を応援してください。
さて、ここからは宮崎県職員ではなく、一個人としてのお話です。
私と山元町とガーネットみやぎと・・・どうやってつながったかについて少し。
実は、宮崎県は被災自治体を支援する災害派遣として、山元町において役場や避難所運営の業務を支援しています。支援業務は4月2日からスタートしたのですが、私自身はその第13班として6月23日に山元町に入りました。
山元町での私の受け持ちは山元町体育文化センター。ここは山元町に寄せられる支援物資を集積管理する場所です。地元の方は区長さんなど、限られた方しかこないのですが、ガーネットみやぎの澁谷さんは、ほぼ毎日「赤いつなぎ」を着て支援物資を届けに来てくれていました。目立ってました。ホントに。
しかも、連日元気がよく、いつも笑ってるんです。
正直、山元町に着くまでに一番考えていたことは、地元の方々は被災者だし、どんな態度で接するのがよいのか、笑うのってタブーなのか・・・、そんなことでした。だから、笑っている澁谷さんを見て非常に安心したんです。
定期的に顔を見せる澁谷さん、常に何が必要とされていて足りないのかを確認していました。避難所でも被災した皆さんと笑顔で話をして、その中でニーズを探っているようでした。足で稼いだ情報をもとにして支援物資を集めているんです。
 
そういえば、山元町滞在中にこんなこともありました。
私がドラッグストアに買い物に行ってジップロックからお金をだす様を見て、「ボランティアの方ならご飯食べにきなさいよ。」と声をかけてくれたHさん。お言葉に甘えてキッチリご馳走になりました。温かいぞ山元町!
山元町体育文化センターの仕事をして感じたことも少し。
今回の震災は過去に例を見ない規模でしたので、復興を遂げるまでの間非常時は続くのでしょうが、被災した皆さんの生活や仕事のリズムは少しずつ平常時に近づいていくのだと思います。
それにあわせて、被災された方々のニーズも、コミュニティに係るものから個に係るものまで幅広く多様なものになっていくでしょう。ニーズの多様化は支援物資に限ったことではなく、生活全般に及ぶだろうと思います。当然、多様化するニーズに対して行政だけで集約し的確に応えていくことは非常に困難ですが、的確に対応できれば、行政と住民の信頼関係に基づく一体感が維持され、今後の復興の過程をスムーズに進めることにつながるような気がします。
 
 そう考えると、復興に向けてまさにこれから、行政と住民を結ぶ、あるいは行政ができない部分を支援する地元に根ざして活動しボランティア団体が必要とされるのだと思います。行政がボランティア団体とどうやって協働していくのかが大事になります。
ガーネットみやぎ出番ですよ。
結局本題に入ったかどうかはうやむやですが、最後に。
被災地支援の方法や考え方は人それぞれでしょうが、今回、山元町に行ってみて人に触れて、山元町やそこに携わる団体を中心に応援するのも有りだなって思いました。1対1での支援ですね。そうすることで、10年後山元町がどんな復興を遂げているのか、ガーネットみやぎがどれだけ頑張るのか、想像する楽しみが出来ます。今回は山元町の特産だったイチゴを食べることは出来なかったけど、応援していれば10年後食べることが出来るようになるだろうし、その時食べるイチゴの味は格別だと思います。
また、必ず行きます。応援しつつ再会の時を楽しみにしていますよ。

出会った人をとおして《派遣期間6月23日~7日1日》
【若者・ばか者・よそ者】という言葉があります。
まちづくりや地域の将来について語るときにでてくる3要素です。
耳にしたことがある人もいるかと思います。
●「若者」
そのもののエネルギーや新しい知識、経験、技術をもつ者。
●「ばか者」
いい意味での「ばか」であり、行動力やアイディアを持ちあわせ、前に突き進む者。
●「よそ者」
その地域にない文化や考え方を持ち、客観的に地域をみつめられる。しがらみのない者。
 今回、私が山元町に派遣され現場を見たときに実感したのは、「復興にどれだけの時間がかかるのだろうか」と想像もできないことでした。
 
家屋の撤去に関しても所有権があるためそう簡単には取り壊せません。また先祖代々から受け継いでいる家屋で相続登記が済んでいない資産もあるでしょう。
 
農地は、農機具を損傷したり事故につながるため、普段も石ころを取り除くには手作業で行います。しかし、津波被害にあった農地はそれに加え大小様々のガラス、金属、プラスチックなども大量に流れてきており、海水も除去しなければなりません。
 町内に張り巡らされた側溝につまった泥も、スコップで出してはどけて、出してはどけての繰り返しです。
 支援物資の中には、洗剤なのかシャンプーなのか、それとも食料なのかわからないため使用できずに大量に山積みされ場所を占有しているものもあります。また季節の変わり目で必要な物資が不足している現状もあります。
 その中で、復興にむけて前に進まなければと地元役場職員、非常勤、ボランティア、住民、支援団体、日本各地の派遣職員が汗を流し業務をされていました。短い期間ではありますが、山元町ではいろんな人に出会いました。
避難所でのストレスを発散させようと被災者のために毎週カラオケ大会を企画する若者。
震災当日にホームセンターの社長を捜し回り、物資の分散を防ごうと衛生品等を決済もなしに確保したばか者。
仕事を顧みず隣町から毎日物資を搬入するよそ者。
また彼らを助ける仲間たち
地域の将来をつくるには【若者・ばか者・よそ者】が必要だと言われます。
山元町には他にも書き足りないくらいの【若者・ばか者・よそ者】がいました。
彼らの持つ熱意は、これから復興に向けての糧となり、将来の山元町の礎となるんだなと実感しました。
一緒に業務をしたり、会話をした時間はわずかでしたが山元町には5年後、10年後にもう一度足を運びたいと出会った人をとおして感じることができました。
これからの復興を願っております。
以上
宮崎県(高千穂町)
児嶋 尚憲

災害支援に来てくださっている宮崎県さんをちょこちょこ隠し撮りしています。
その画像はガーネットみやぎ写真館にて!
http://photozou.jp/photo/list/1695650/4367213
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