ボランティア活動(人的支援)

皆様平素より当会へご支援ならびにご声援誠にありがとうございます。
今回は人的支援面での活動の報告をいたします!
私(澁谷)は物資仕分けや事務作業の為、県外から我が家にホームステイしてボランティア活動をしてくださった2名と隣町の柴田町にホームステイして活動してくださった2名が、ガーネットみやぎから亘理町の災害ボランティアセンターに行って活動しました。
(↓亘理町災害ボランティアセンター入り口正面)

岩手県から活動に来てくださった大学生の報告書を以下に原文のまま掲載いたします。
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4月11日~15日、ガーネットみやぎさんにご協力いただきながら宮城県亘理町でボランティア活動をさせていただきました。
この場を借りて、現地の様子と活動を通しての所感を報告させて頂きたいと思います。
今回やらせていただいた内容は、以下の通りです。
・町内給水再開アナウンス
・被災家屋内の掃除
・物資の仕分け
・被災者の方々との交流、避難所移動のお手伝い
現地の様子は、良くも悪くも’テレビでみた光景’というのが率直な感想です。
町全体がどこか非日常な雰囲気を常に纏い、あちこちで見かけた自衛隊の戦車が状況の深刻さを表していました。
松が根こそぎ無くなってしまった海岸や、漂流物が散乱している田んぼなど
胸の痛むような光景が実際に広がっておりました。
しかし被災により避難所を転々としている方々と直接お話しさせて頂いた時が、やはり一番胸が痛みました。
家も無く、気兼ねなく身を寄せられるあてもなく、移動する先々では人間関係の苦労も絶えず・・・・
何より先の見えない状況で、今を精一杯生きようとなさる姿からは、体感しないと分からないだろう辛さが伝わってきます。
私達が少し行って笑ってお話するだけで、救われたとおっしゃってくださった方々もいました。
このような避難生活を送る方々にこそ、復興に向かう町の様子を伝えられる何かがあればいいのにと思います。
支援品としてですが、日常生活用品に加え、本や折り紙、塗り絵や音楽プレーヤーなどの娯楽品もあって良いのではないのでしょうか。
供給に混乱が生じるため、必要最低以上は厳しいという点も考慮しなくてはならないかもしれませんのではっきりとは言えませんが、
日々の生活で募るストレスから解放してさしあげる必要性を強く感じました。
しかし同時に、現地の復興へ向かうパワーというも驚くべきものです。
町のボランティアセンターには、朝の8時過ぎから県や国を越え数百人の有志の方々が集まります。
(その日の活動は当日朝のマッチング会議で各自の挙手により決定するのですが、周囲の熱気に押され(特に女性は)なかなか仕事が得られないということがあるほどでした。)
仕分けが追い付かないほどの物資も全国から集まり、 確立されたシステムのもとそれらが被災所に日々送られています。
町の復興していく様が形になって表れているようで、希望と力をもらえる光景でした。
このような亘理町などの様子を体感していくと、同時に出身地の岩手県への想いが募ります。
周知の通り、今回の震災で岩手県も甚大な被害を受けましたが、
このような宮城県各地での活動に比べると、岩手の方ではどうしてもまだ復興支援体制が整っているとは言えません。
(被害状況の悲惨さゆえに、まだ人が入れない状況だという話も聞きました。)
私自身、今回ボランティア活動をするにあたり、県内の被災地をいくつもあたってみましたが、
まだどこも受け入れ態勢ができていないということで入ることができませんでした。
現地の詳しい様子は分かりませんが、町の方々を中心に、現在必死の復興に向けたシステム整備が行われているのだと思います。
来週あたりから、ようやく市外(県外も?)からのボランティア受け入れ態勢が整うと聞きました。
岩手だけでなく、未だに支援受け入れ態勢が整っていない地域は他にもまだまだたくさんあると思います。
早く各地域でも亘理町の様に復興へのパワーがみなぎる事を願うばかりです。
最後に、一大学生として感じたことも書かせていただきたいと思います。
前述の通り、今回は人一人の力の大きさというものを強く体感しました。
そんな個人が集まった集団にも、更に大きな希望を感じました。
しかし、何より痛感したのは、それを統括する存在の重要性です。
現在の各々の活動を繋げ県や国レベルでのスケールでに発展させるためにも
全体を見渡して、各部を活かすことのできる能力を持った人物や機関が必要とされていました。
このような’いざというとき’に少しでも有益な人材となれるよう、私達学生がまずしっかり勉強しながら経験を積む必要があるのだろうと思います。
長くなりましたが、ガーネットみやぎ代表の澁谷様、宿泊先を提供してくださった三浦様、そして柴田郡の皆様
皆さまの様々なご協力があって初めて実現できた数日間でした。
貴重な機会を与えてくださり本当に感謝しております。
宮城、東北、ひいては日本復興のために、私も今後できる限りのことをしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
2011.4.16 佐野

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